ズンドコ節の起源
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2013.08.17<
リズムよく金管楽器を演奏するために、「 ツッツクツー 」などと言いながら息を吹き込みます。 ドビュッシーのアラベスク第1番のように、 左手が4分の4拍子で右手が8分の6拍子のリズムを刻まなければならない曲は、「 ドン ツル テン ドン ツル テン 」と言いながら練習します。 リズムを表す言葉には、 他に「 ピーヒャラ ピーヒャラ 」や「 ドンドコドン 」や「 ドコズンドコ 」などがあります。
さて、 戦後歌謡界においてズンドコ節を歌った歌手を遡っていくと、 氷川きよし → ドリフターズ → 小林 晃 → 田端義夫 となります。 ズンドコ節の元歌の出だしは、 次のようなものです。
汽車の窓から手を握り 送ってくれた人よりも
ホームの陰で泣いていた 可愛いあの娘が忘られぬ
元歌のズンドコ節は、 太平洋戦争が始まる頃にはできていたそうです。 そしてそれは「 海軍小唄 」と言われていたそうです。 建前よりも本音を大切にしたいという思いが、 この歌には込められていると思います。 この元歌にはさらに元歌があるようで、 それは九州の炭鉱で歌われていたんだという説もあります。 表舞台の軍歌に対して、 アンダーグラウンドで、 つらい軍隊生活の気を紛らわすために歌われた歌として、 他に「 可愛いスーちゃん 」があります。
お国のためとは言いながら 人の嫌がる軍隊へ
志願で出てくる馬鹿もいる 可愛いスーちゃんと泣き別れ
実にストレートに唄っていますが、 昭和歌謡の原点は、 目立たぬよう人込みに紛れて比喩しながら、 言いたいことを言って苦しい生活の憂さを晴らすものであったと思われます。 それは日本人の伝統的なものの見方考え方であろうかと思います。