遠心力は実在する
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2012.06.10
「 遠心力は見かけの力である。」と言われます。 その理由は次のようなものです。
「 無重力場において、 重りに紐をつけて等速回転させたとき、 回転中心に対して静止している観察者からすると、 重りには向心力が働いているだけである。 しかし、 重りと常に同じ速度で回転している観察者からすると、 重りには遠心力という見かけの力が働いており、 向心力と遠心力が相殺し合って重りは静止していることになる。 重りの運動方程式 ( 加速度の方向と力の方向は等しいという原理を内包している ) を立てるときに、 前者は遠心力が存在していないとしなければならず、 後者は遠心力が存在しているとしなければならない。 このように観察のされ方によって、 遠心力はあったりなかったりするのである。」
「 遠心力は見かけの力である。」と言われる第1の由縁は、 観察のされ方によってあったりなかったりするということです。 はたしてそういう物は実在しない「 見かけのもの 」なのでしょうか? 速度も観察のされ方によってあったりなかったりしますが、「 見かけのもの 」ではありません。 実在しています。「 見かけのもの 」は実在しませんが、「 見かけの力 」は実在する物理量なのです。
回転中心軸に対して静止している観察者にとっても、 遠心力は存在しています。 等速円運動の場合、 紐の重りとの接点部分には、 紐が重りに及ぼす向心力の反作用が働いています。 それは、 重りが紐に及ぼす遠心力です。 この遠心力と綱の回転中心に常に作用している向心力とが、 紐を伸ばして緊張させているのですから、 遠心力は実在しています。 また、 重りの代りに水を少し入れたバケツにしたら、 水が遠心力を受けてバケツの底に集まります。 回転中心軸に対して静止している観察者にとっても、 遠心力は存在しているのです。 また、 車がカーブするときに反対側に投げ出されるように感じるのは、 やはりそこに実際の遠心力が働いているからです。 また、 発射されたパチンコ玉がパチンコ台の軌道上を転がり上がるときには、 実際に遠心力によってパチンコ台の軌道に力が働いています。 もし遠心力が働いていないのならば、 軌道を転がるパチンコ玉がパチンコ台の中央の高さよりも高くなって、 重力が軌道に力を及ぼさなくなった瞬間に、 パチンコ玉は軌道から外れてしまって上まで転がり上がりません。
等加速度運動をしている観察者が静止している物を見ると、 一様な重力場の中で重力の作用を受けて落下しているように見えますが、 そのときの力は「 見かけの重力 」です。 また、 等加速度運動をしている箱の中にいる人は自分自身に重力がかかっているように感じます。 これも「 見かけの重力 」です。「 見かけの重力 」とは「 重力のように見える力 」という意味合いであり、 実在しない「 見かけのもの 」という意味ではありません。 力が働いていないために静止または等速直線運動をしている物質に対して、 観察者が加速度運動をしていると、 物質には力が作用していることになります。 それが「 見かけの重力 」です。 等速円運動をしている箱の中にいる人は自分自身に重力がかかっているように感じます。 これも「 見かけの重力 」の例ですが、 これは「 遠心力 」です。 これが「 遠心力は見かけの力である。」と言われる第2の由縁です。
等速円運動という加速度運動をしている観察者が、「 回転平面上の 回転中心から観察者の回転半径の半分の距離のところにあって 回転中心に対して静止して物質 」を見ると、 左右に単振動している様に見えます。 その運動を作っているのが「 見かけの力 」です。 これは遠心力とは違います。 しかし、 この力も「 見かけのもの 」ではありません。 速度 とか 加速度 とか 力 という物理量は相対的な存在ではありますが、 決して 実在しない「 見かけのもの 」ではないのです。