移動している台車の上で全力投球すると、 移動方向に投げた球とその反対方向に投げた球の速さの差は大きなものになります。 しかし、 移動している台車の上に音源を乗せて一瞬の音を放つと、 移動方向に放たれた音もその反対方向に放たれた音も速さは同じになります。 ということは、 音の速さには、 音源の速さは全く関係ないということです。 しかし、 音の速さには、 観察者の速さが関係します。 また、 移動している台車の上に光源を乗せて一瞬の光を放つと、 移動方向に放たれた光もその反対方向に放たれた光も速さは同じになります。 ということは、 光の速さには、 光源の速さは全く関係ないということです。 しかし、 光の速さには、 観察者の速さが関係します、 光の場合は音の場合とは異なり波を伝える媒体はないのですが、 観察者の速さが関係します。
観察者A の慣性系では、 観察者A は静止しており、 観察者B が等速直線運動をしています。 観察者B の慣性系では、 観察者B は静止しており、 観察者A が等速直線運動をしています。 観察者A の慣性系において等速直線運動( 静止を含む )している光源は、 観察者B の慣性系では、 それと異なる速度で等速直線運動をしています。
相対論が「 光源から観察者に真空中を伝わる光の速さは、 光源や観察者の移動速度に関係なく一定の
である。」としているのは、「 同一の光源から放たれる光は、 観察者A の慣性系における速さ と 観察者B の慣性系における速さ が同じである。」と言うものであって、「 観察者A の慣性系において、 同一の光源から放たれる光は、 観察者A に対する相対的な速さ と 観察者B に対する相対的な速さ が同じである。」と言うものではありませんし、 また、「 光の移動する物質に対する相対的な速さは、 物質の移動速度に関係なく一定の
である。」と言うものでもありません。したがって、 光源X と 観察者A と 観察者B と 光源Y がこの順に一直線上に並んでいて、 観察者A にとって 光源Y は静止しており、 また、 観察者A にとって 光源X と 観察者B が速さ
で遠ざかりつつあるときは、 観察者A にとって、 光源X と 光源Y から 観察者A に届く光の速さは
でいいのですが、 観察者A にとって、 光源X から 観察者B に届く光の速さは
でもなく、 光源Y から 観察者B に届く光の速さは
でもないのです。 観察者A の慣性系では、 どんな光の速さもすべて一定の
なのです。 一見すると、 観察者A の慣性系において、 光源X から 観察者B に届く光の速さが
で、 かつ、 光源Y から 観察者B に届く光の速さが
のときに、 観察者B の慣性系においては、 光源X が放つ光の速さも光源Y が放つ光も一定の
になると思いますが、 これは古いニュートン力学的発想であって、 この発想を振り払うことができるかどうかが、 相対論を理解する準備ができているのかどうかの試金石になります。すると、 観察者A にとって、 光源X が放つ光の観察者Bに対する相対的な速さは
であり、 観察者A にとって、 光源Y が放つ光の観察者Bに対する相対的な速さは
であるということになりますが、 これは相対論が言っていることに反していることにはなりません。 観察者A の慣性系においては、 光の移動する物質に対する相対的な速さはこのようになりますが、 観察者B の慣性系においては、 光源X が放つ光の速さも光源Y が放つ光も一定の
なのです。 そして、 本当に観察者Bに衝突する光は、 観察者Bの慣性系の中を伝わっている光だけなのです。
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