心のブラックホール と 十二縁起
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2019.04.11


  人類がブラックホールの撮影に成功したらしい。 光すら閉じ込められて情報を直接得ることのできない世界である。 私たちの心は独自の宇宙を形成しているが、その中心にもブラックホールが存在する。 仏教でいえば 末那識 ・ 阿頼耶識 という深層心理( 無意識 )の世界である。 ブラックホールがパラレルワールドに 飲み込んだ物質 をどんどん吐き出している(?)ように、この深層心理は表層心に「我が身びいき」をどんどんと吐き出しているそうである。 フロイド、 ユング、 アドラー らに代表される西洋心理学においても、 法相宗 や 華厳宗 などの仏教の宗派においても、 心の中のブラックホールの重要性が(うた)われている。( 仏教と西洋心理学では心のブラックホールのイメージはかなり異なるが ・・・ )そこで今日は、 私的に解釈した 十二縁起 を紹介したいと思う。それは、釈迦の思想から少し変化した唯識に近いものである。

  縁起とは「 因縁生起 」の略語である。 十二縁起 とは、 空 や 無我無法 を形成する 因縁( 因 は直接原因 で 縁 は間接原因 )とは別であり、 釈迦が直接弟子に教えた、迷い続け苦しみ続ける心 を形成する原因( 因縁 )の関係 である。 無明とは、分別知の根源であり無分別智の無い状態のことである。 薫習とは、 釈迦の直接の教えではなく大乗仏教の思想であるが、 無限の過去からの業が分別知と無分別智に分化する前の種となって阿頼耶識に蓄積されることをいう。薫習は無明の原因であって、無明 → 行 → 識 → 名色 → 六処 → 触 → 受 → 愛 → 取 → 有( 薫習 )→ 無明 → 行 → ・・・・ というサイクルを作っているのではないか、と私は考える。

  五蘊とは、 色・受・想・行・識 で心身の構成要素のことであり、 生老病死の四苦の原因となる。 なお、生 は生まれることではなく生きることである。 また、 名色とは、 言葉や姿という虚像にとらわれている表層心のことである。 六処とは、 眼・耳・鼻・舌・身・意 のことで、六入とも言われる。意は大脳を示し、その対象は言葉で綴られた概念である。