バイオリンを弾く物理学者
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2012.05.04


 「 さんまの教えてホンマでっか?」で、 流体力学に詳しい望月先生より、「 食べるときに中身がたれないためのハンバーガーの上手な持ち方 」の研究発表があった。 まず、 1400万円もするというドイツ製の3Dスキャナーを用いて、 机の上に置いたハンバーガーに、 いろんな方向からいろんな幅の縞模様の光を当てたときの光の反射のデーターを取って解析し、 形や色を3Dグラフィックに表し、 次に、 雪崩の解析に用いられる「 粒子法 」を使って、 ハンバーガーの傾きやハンバーガーを持つ指の位置や圧力を変えて、 崩壊のシミュレーションを行うという方法であった。 その結果、 ハンバーガーを縦にしたまま両手で持ち、 第1指と第五指は裏側から支え他の指は表側から支え、 指圧が均等になるように持つことであった。

  もし、 寺田寅彦が生きていたら、 同じような研究をしたであろう。 彼は、 明治11年生まれで、「 日常現象の物理学者 」、「 複雑系の科学者 」、「 防災科学の父 」、「 サイエンスコミュニケーターの父 」、「 文理融合の人 」、「 多趣味の物理学者 」 など、 いろんなニックネームを持っている。 高知市の県立文学館に行けば、 そのビデオを見ることができるのだが、 寺田寅彦は土砂崩れのメカニズムを、 ガラス製の四角い大きな注射器のようなの物の中に、 黒い砂の中ほどに白色の砂で薄い層を作って閉じ込めた後、 ピストンを引いて砂がどのように崩れて行くのかを観察している。 この映像を見ると、 土砂崩れのメカニズムが手に取るようにわかるのである。 彼はまた、 下向きに咲いている椿の花が、 なぜ上向きになって落ちているのかを研究している。 落ちる途中で反転する現象を、 紙のコーンを作ってストロボ写真にとって考察し、 論文を発表している。 このときも彼は模型を上手に使っている。

  物理学の基本的な法則は、 空気の抵抗や地球による重力などの余分なものを取り除いていくことによって見えてくる。 彼はそれを見つけようとしているのではない。 彼は、 それらの法則を利用して、 日常の物理学的現象を予測し、 人間の思うように操ったり、 自然災害を回避したりしようとしているのである。 日常の現象は絵に描いた餅のようにはいかない、 複雑である。 しかし、 ある程度のメカニズムが解れば、 その模型を使ってシミュレーションすることができ、 またそのシミュレーションの結果によって、 さらに深いメカニズムに近づいていくことができ、 また、 その現象の上手な取り扱いができるようになるのである。 つまり、 自然法則は発見するためにあるのではなく、 また逆らうためにあるのでもなく、 利用するためにあるのである。

  バイオリンもそうである。 楽器の鳴るメカニズムが解るのが目的ではなく、 上手く演奏するのが目的である。 上手く演奏するためには、 メカニズムが解っているのに超したことはないが、 必要条件ではない。 彼はバイオリンも弾いた。 そして、 生涯に3本のバイオリンを購入している。 3つ目は、 ドイツ製のもので130円であった。 それは文学館に展示してある。 そして彼は、 バイオリンについて次のように述べている。

 「 上手な玄人(くろうと)となると実にふわりと軽くあてがった弓を通じてあたかも楽器の中からやすやすと美しい音の流れをぬき出しているかのように見える。 これはわれわれ素人(しろうと)の目には実際一種の魔術であるとしか思われない。 この魔術の大事の品玉はあの弓を導く右手の手首にあるらしい。」

  彼は、 きっと、 バイオリンが鳴りだした時の、 弦の方から弓に吸いついてくるような感触を知っていたはずだ。 そして、「 ボウイング( 弦楽器の弓使い )についての考察 」という論題の論文を書きたかったはずだ。 もし、 そんな論文が出ていたとしたら、 第1章は「 弓と弦の摩擦が音を出すしくみ 」と題する物理学的内容であり、 第2章は「 ヒトが弓の運動を扱うしくみ 」と題する生理学的内容であっただろうと思う。 第1章については、「 ステック・スリップ現象 」または「 自励振動 」であり、 たとえば、 Mineo Harada 氏 の「 手作り工房 Minehara 」( http://www.minehara.com/index.html )の中の 「 バイオリン音の出る仕組み 」が参考になる。 第2章については、 手関節および肘関節に関与する筋肉 や その運動中の聴神経や深部位置覚神経からの情報を基に修正命令を出し続けている小脳の働きについても言及しなければならず、 誠に難解な研究テーマになったであろう。