鏡の心理学
数学と物理学 へ戻る
ばいおりんの日常的物理学文集 へ戻る
2020.10.26____

  体の右側に水平に伸した右手に文庫本を持ってその表紙が自分の姿と一緒に鏡に映るようにします。 そのとき私たちは鏡に映った本を見て 「 鏡の中の本は自分の右側にある。 これは実物の位置と変わりはない。 しかし、鏡の中の本の表紙に書かれた文字は左右反転している。」 と認識します。 私たちの脳は、 鏡に映った姿からは、 「 位置認識 」 においては左右反転していないと判断し、 「 画像認識 」 においては左右反転していると判断します。

  位置や画像を左右反転させる実験をしてみましょう。 まず、 アクリル板に大きく右矢印( → )を書きます。 そして、 鏡を背にして立ち、 自分の右前方に右矢印が見えるようアクリル板を固定します。 その後、 鏡の方を向いて矢印の像を見ます。 それは、 自分の左後方にあり、 左矢印( ← )になっています。 「 左後方にある 」 というのが位置認識であり、 「 左矢印( ← )である。」 というのが画像認識です。
  このとき、 位置認識に関しては 「 自分が反転したために、 矢印の位置が 右前方 から 左後方 になったのだ。 そして今、 鏡に映っている矢印は、 実物の矢印と同じ左後方にあるのだ。」 と間違いなく認識します。 だから、 「 鏡は矢印の位置を左右や上下に反転させたりはしない。」 との正しい認識になります。
  一方、 画像認識に関しては 「 鏡のせいで矢印の向きが右矢印( → )から 左矢印( ← )になっているのだ。」 と間違って認識してしまうのです。 本当は 「 自分が反転したから、 矢印の向きが 右矢印( → )から 左矢印( ← )になったのだ。 そして今、 鏡に映っている矢印は実物の矢印と同じ左向きなのだ。」 なのですが。

  「 位置認識 」 においては、 ある物が自分にとってどの方角にあるのか、 鏡に映った物を見ても、 私たちの脳は実際の方角を見失ったりすることはありません。 それはバックミラーの中で後続車が右ウィンカーを点滅させながら右折していく姿を想像すれば分かります。 物質の位置を確認するときに、 わざわざ対象物を正面視してからその位置を認識することをしません。 なぜなら、 位置情報は多くの物質についてとっさの判断が必要な場合が多いからです。 私たちの脳は、 鏡に映った姿から即時に現実の位置を判断することができます。 ただしその場合、 粗いレベルでの位置判断であり、 たとえば毛抜きで自分の白髪を抜くような場合は拙劣です。

  一方、 「 画像認識 」 においては、 鏡に映っている、 前側にある本の裏側に書かれている文字や、 背後の風景を見たときに、 「 あれ! おかしいな? 鏡に映っている物は左右反転しているぞ。」 ということになります。 私たちは画像認識をするとき、 対象物を正面視してからその姿を認識します。 その確認の後でそれを鏡に映して見るので、 その姿を先ほど見た姿と比べて左右反転していると認識します。 本当は、 今ここにある実物の姿と比較しなければならないのですが。 そうすれば決して左右反転していないのです。


  鏡は前後反転させるだけで、 左右 上下 はそのまま映し出します。 比べるものを間違うから間違うのです。 私たちはそれぞれに自分の 「 観察座標系 」 を持っています。 主観的にみると自分の観察座標系は決して変化しませんが、 客観的にみると自分の観察座標系はしょっちゅう変化しています。 たとえば、 南向きの自分の観察座標系 と 北向きの自分の観察座標系 とでは、 左右反転 と 前後反転 になっています。 「 東西 南北 天地 」 は、 南向きの自分の観察座標系では 「 左右 前後 上下 」 になっていて、 北向きの自分の観察座標系では 「 右左 後前 上下 」 になっています。

  鏡が映し出す物を反転させているかどうかを正しく判定するためには、 自分の観察座標系における今の実像と今の鏡像とを比較する必要があります。 鏡に映っている物の姿と比較すべきなのは、 今現在の実物であって、以前に正面視して見た過去の物の姿ではありません。 鏡に映されている物の姿 と 以前に正面視して見た過去の物の姿 とを比較しなければならないのは、 自分がその物に対して絶対的あるいは相対的に反転行為をしたのかどうかを判定するときです。

  とはいっても、 今現在の実物を直接見ることの出来ない場合があります。 アクリル板に描かれた画像は可能ですが、 前側にある本の裏側に書かれている文字 や 背後の風景 は見ることができません。 したがって、 以前に正面視したときの姿と比べてしまうことになりがちなのです。 そのように迷ったときには、 自分の姿が鏡にどう映っているかを考えてください。 自分の右手を動かしたり左目だけを閉じたりしながら、 実物の現在の自分を感じながら鏡の中の自分と比べてみてください。


  コメント :
  位置認識の本質は、 自分自身を座標原点として捉え、他の点の位置を同定することです。 一方、 画像認識の本質は、 自分以外の2点の位置関係を同定することです。



2024/04/15 追記:
点的観測 と 面的観察

 私たちの視覚は、移動する物については点的観測を行い、静止している物については面的観察を行います。点的観測とは、時刻と位置の4次元変数が作る時空点に物が存在するか否かを認識する活動です。面的観察とは物の形状や色調の変化を認識する活動です。
 点的観測には、自分の眉間に備わっている固有3次元座標系を利用します。そして、その物が自分から前後左右上下どの位置に存在するかを即座に判定します。たとえ鏡に映ったものでもです。一方、面的観察は対面視を重視します。裏側からの観察よりも表側からの観察を重視するのです。鏡に映ったものは透明なアクリル番に表の状況が描かれたものを裏側から観察しているようなものですから、私たちの脳はその物自体が反転しているような違和感を覚えてしまうのです。