宇高連絡船
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2012.02.27


  昭和53年の頃のことですから、 もう30年以上も前のことになります。 正月の一週間を久々に実家でゆっくりと過ごした後、 まだ朝暗い6時に家を出て、 山陰地方の下宿を目指します。 ひたすら鉄道の旅です。 そのころは、 愛媛県でも山間部では雪が残っていることが多かったようです。 香川県に入ると山の姿が違います。 比較的よく晴れています。 おふくろの作ってくれた風呂敷包みの海苔巻きの折弁当を食べた後、 うとうとしていると高松駅に着きます。 みんなについて駅の構内を宇高連絡船へと向かうと、 眠気は飛んでいきました。 船のデッキに出ると、 名物の讃岐うどんの立ち喰いのお客さんが並んでいます。 香川県のカモメなのか岡山県のカモメなのか、 はたまた県境でバトンタッチしているのかどうか解らないのですが、 数羽のカモメが船の後を追いかけてくるのを、 いつもずっと見ていました。 本州に上陸すると、 岡山駅までは電車なので、 スーッと出発すると景色があっという間に流れていきます。 岡山駅での20分間くらいの乗り換えの間に都会の雰囲気を少しだけ味わってからは、 再び方言の聞こえるディーゼル機関車です。 線路の上を走る列車の音は、「 トットリー トットリー トットリトットリ トットリトットリ 」と聞こえました。 真っ暗になって大学前のバス停で降りると、 しばれる中を転ばないように気をつけながら歩いて、 いつもの店で眼鏡の曇りをぬぐって中華丼を食べると、 元の自分に戻りました。 下宿はもうすぐそこです。


 「 ガッタン、 ゴットン 」は、 車輪がレールの継ぎ目を通過する時の音です。 レールの継ぎ目は、 わざと隙間があけられています。 レールは鉄製のため、 温度が上昇すると膨張して伸びるからです。 少しでも、 揺れや騒音(?)を減らす方法のその1は、25m以上の「 長尺レール 」、 さらには200m以上「 ロングレール 」を使用することです。 枕木のお蔭で、 レールが長くなったからといって、 伸縮幅が大きくなるわけではないとの実験結果が出ています。 その2は、 つなぎ目を斜め切りにして合わせることです。 電車の車輪はよく見ると円柱ではなく円錐の水平切り出し部分であり、 しかも脱線防止のための膨らみがあります。 そして台車の車輪は、 左右両輪の底面積の大きい方が向き合っています。 したがって、 レールは内側のほうの摩擦が強くなります。


  昭和63年( 1988年 )に瀬戸大橋が完成します。「 橋を架けよう、 でっかい夢の。」と歌われだしてから20年の歳月が経っていました。 待ちに待った本州四国連絡橋でした。 全長 のつり橋で、 最大支間長が 。 鉄道と自動車道の2階建てです。 ケーブルの直径は もあります。 ケーブルは271本の六角形をしたストランドが集まったもので、 ストランドは、 直径 のワイヤが127本束になったものです。 ワイヤ1本は、 約3トン( 小型乗用車の重さは約1トンです。)の物質を吊り上げることができるそうです。 ケーブルとは道を吊るすハンガーロープが架かっている部分です。

                   

  桁は鉄道と自動車道とを支える部分です。 吊橋では強風時における桁の安定性を確保する必要があります。 そこで、 3角形が組み込まれた トラス構造 をした桁になっています。

                      



  国鉄の航路であった宇高連絡船は、 瀬戸大橋開通の前日、 明治時代の終わり頃に始まった長い歴史にピリオドを打ちます。 その頃、 私には山陰で出会った妻との間に2人目の子供ができ、 里帰りは、 神戸の街の灯りを見ながらの夜行フェリーになっていました。