司馬遼太郎が「 最果ての駅 」と言った私の生まれ故郷の駅の前には、 明治時代に活躍した小さなイギリス制の蒸気機関車の複製が置かれています。 彼が「 最果ての駅 」と言ったのは、 幹線でありながら終点になっていて、 折り返し運転をしなければならないからです。 途中から四万十川を遡って太平洋側の鉄道に繋がる路線もあるのですが、 それが本線から分かれるのは、 次の駅を過ぎてからになっているため、 この駅は行き止まりなっているのです。 蒸気機関車の傍には、 明治32年( 1899年 )に発表された「 気笛一声 新橋を 」で始まる「 鉄道唱歌 」が流れる装置があります。 というのも、 この地がその作詞者である 大和田建樹 の故郷であるためです。 彼は、 作家・国文学者・作詞家 でした。「 夕空晴れて 秋風吹き 」とスコットランド民謡に歌詞を付けた「 故郷の空 」も有名です。 また軍歌も作詞しています。 次は、「 日本陸軍 」の歌詞の内容の一部です。 日露戦争開戦の明治37年( 1904年 )に作られた軍歌です。
天に代わりて不義を討つ 忠勇無双の我が兵は ・ ・ ・ ・
勝たずば生きて還らじと 誓ふ心の勇ましさ
道なき方に道をつけ 敵の鉄道打ち壊し
雨と散り来る弾丸を 身にあびながら橋かけて ・ ・ ・ ・
この歌は、 昭和6年( 1931年 )に満洲事変が勃発すると、 出征兵士を送るために使われました。
日本で鉄道が初めて開業したのは、 明治5年( 1872年 )のことで、 新橋 と 横浜 の間 でした。 もちろん蒸気機関車でした。 蒸気機関で動く外国の軍艦が日本に訪れるようになったのは1850年頃からです。 ペリーの黒船来航が1853年です。 このころから日本では蒸気機関の研究開発がさかんに行われてきました。 特に、 佐賀藩に招聘された 田中久重 や 宇和島藩( 愛媛県 )の 嘉蔵 が有名です。 しかし、 鉄道開業当時の蒸気機関車は、 イギリスから輸入されたものでした。 まあ当然と言えば当然でしょう。
蒸気機関車が走るしくみを、 エネルギー変換の視点から見てみましょう。
酸素と石炭( 有機化合物 )に含まれている化学エネルギーが最初です。 酸素と炭素が化学反応を起こすと、 二酸化炭素ができ、 化学エネルギーは熱エネルギーに変化します。

参照: 次の式は、 ブドウ糖( 有機化合物の仲間 )の生体内での燃焼の式です。

この熱エネルギーは水に入っていき、 その結果水の熱エネルギーが増加します。 すると、 水の気化が活発になります。
の液体状態は水で、 固体状態は氷で、 気体状態は水蒸気です。 熱エネルギーは水蒸気にも入っていき、 水蒸気の熱エネルギーは増加し、 温度は上昇します。 水蒸気の熱エネルギーは水蒸気の内部エネルギー( 静止エネルギー )を構成する要素です。 温度は、 気体状態の
の分子の平均運動エネルギーに比例し、 すべての分子の運動エネルギーの合計は熱エネルギーに等しくなっています。水蒸気は、 蒸気機関のシリンダーのピストンを往復運動させ、 それは動輪の回転運動へと伝達されます。 つまり、 水蒸気の熱エネルギーは運動エネルギーに変換されます。 蒸気機関車の熱効率は15%くらいだそうで、 ガソリン自動車の半分くらいだそうです。
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