狐につままれたような相対性理論の話
哲学と物理学 へ戻る
ばいおりんの日常的物理学文集 へ戻る
2017.10.24


 「 時間も空間と同様に隔たりを持つものであり、 時間を虚数として扱えば空間と同じ質のものと考えることができ、 時間に光の速さをかけてやれば空間 ( 距離 ) と同じ単位で表すことができる。」というのがアインシュタインの相対性理論の原理です。

  異なる質の物は、 掛けることはできても足すことはできません。 たとえば、 10kg と 20kg を足すことや 30kg を 1 m3 で割ることはできますが、 30kg から 1 m3 を引くことはできません。

  時間を虚数として扱うのならば、 速さも虚数になります。 ( 1 / i = −i ) しかし、 相対性理論の中では、 速さは実数と捉えられていますし、 時間も実質的には実数として扱われています。

  特殊相対性理論では、 高速で移動するロケットは進行方向に収縮し、 その中のパイロットはゆっくりと老けていきます。 だから、 映画「 猿の惑星 」のように、 宇宙旅行をして地球に帰ってみたら未来の地球では猿が支配していたということもありうるわけです。

  でも、 移動は相対的なものですから、 移動している相手の方からすると、 自分の方が収縮していてゆっくりと老けているのではないかという疑問も湧いてきます。

 「 真空中の光の速さは普遍かつ不変だ。」という特殊相対性理論の原理を支えるのが、 ローレンツ座標変換です。 等速で自転しながら時空間を移動している物質があります。 物質は時空間の中を絶えず移動していますので、 その「 時空間位置ベクトル 」は絶えず変化していますが、 一瞬の「 時空間位置ベクトル 」を1つ取り上げて、 2つの座標系で表現することにします。 一つは静止している自分の座標系、 もう一つはその物質に並走している相手の座標系です。 ローレンツ座標変換とは、 自分の座標系から相手の座標系へと対応させるものです。 この2つの座標系で、 同一の「 時空間位置ベクトル 」の表現法 が異なります。 その比較から、 高速で移動する物質は進行方向に収縮しゆっくりと自転していることが判明します。

  しかし、 座標変換は写像とは違います。 写像は同一の座標系において、 位置ベクトルが変換されます。 だから、 写像では実際に時間や空間が縮小したりすることになります。 しかし、 座標変換では位置ベクトルは変化しないのです。 その表現方法が異なるだけなのです。 表現方法が異なる理由は、 単位の大きさが異なるだけではありません。 もうひとつの理由は、 自分の座標系は直交座標系なのに相手の座標系は斜交座標系になっているからなのです。 ローレンツ座標変換の前と後で「 時空間位置ベクトル 」は変化していないのですから、 ローレンツ座標変換によって時間や空間が短縮したからといって、 それは現実のものではありません。 まるで狐につままれたような話です。

  ローレンツ座標変換は、 光の速さが普遍であることより導かれました。 つまり、 光子の移動の速さは観察者によって変わることはない絶対的なものであるということより導かれたのです。 それが電磁気学の原理であるマクスウェル方程式を不変にする座標変換と同一であったために、 物質の時空間移動に関する座標変換としてすんなりと受け入れられたのです。 なぜ一致したのかというと、 光は電磁波の一種だからです。

  でも、 光子の移動は一般の物質の移動とは異なる形式を取ります。 量子の振る舞いは非常識的なのです。 同一だと思われる光子は観察者によって異なるものであるという見方をする必要があります。

  その上に、 時間は実数であり絶対的なものであり、 時間とは少し異なる「 相対時間( アインシュタインの言う固有時間に相当するもの )」というものがあるのだとすれば、 実際には高速で移動する物質が収縮したりゆっくりと自転していたりするわけではないという常識的な結論に導くこともできるのです。