私は、 この私一人。 でも、 私はたくさんいるよ。 私を見る人の数だけ、 私はいるよ。
私はこう見られたい。 でも、 その想いは叶わない。 それは私を見る人が決めること。 けれども、 毎年私の誕生日、 誰も日にちを間違えず、 必ず祝いに来てくれる。
私自身を観察する私がいる。 私によって観察される私がいる。 この二人は同じもの。 でも、 あなたによって観察される私は、 この二人とは違う私。
私によって観察される私 と あなたによって観察されるあなた は、 止まったままで時間だけが過ぎていく。 私によって観察される私 と あなたによって観察されるあなた を重ねれば、 なにもかもが見えてくる。 表も裏も見えてくる。
あなたは私にこう言うの。
「 実に面白い。 僕が君からクリスマスカードをもらった事。 僕が君へバースデイカードを送った事。 それらの事が起こる時は、 僕にとってのみ本当の時。 君にとっては、 明確に把握できる時ではあるが、 それは幻の時。 ひょっとしたら、 君が青色だと認識している色は、 僕が赤色だと認識している色かもしれない。」
それでは寂しすぎるから、 あなたの立場で見てみるの。
被観察物質Aは、 1つだけども、 1つじゃない。 それは観察者の数だけ存在する。
多くの観察者たちは、 様々な空間方向に等速直線運動をしている。 彼らは、 彼らの観察の始まりに物質Aと同一の時空点に存在するものとしよう。 物質Aはある点に固定されていて、 その点は時空原点から4次元時空間を光の速さで遠ざかっていく。
被観察物質Aの運動について、 観察者間での座標変換をイメージするとき、 観察者たちは観察中ずっと共通の点に固定されていると考えよう。 彼らの意識は時空原点にとどまり、 彼らの体を乗せた点は相対時間軸上を光の速さで移動する。 様々な観察者からすると、 被観察物質Aが固定されている点は、 時空原点から様々な4次元時空間の方向へ光の速さで広がっていく。
光源から一瞬放たれる光は、 その光一つだ。 そして、 それは、 誰に見られようとも同じ姿をしている。
空間を2次元としたとき、 光源から一瞬放たれる光の運動をイメージしよう。 様々な空間方向に様々な速さで等速直線運動をしている様々な観察者たちの体は、 共通の点上に乗せられ、 時空原点から空間平面と垂直な相対時間軸上を光の速さで移動する。 しかし、 彼等の意識は時空原点にとどまっている。 光の運動は、 すべての観察者にとって、 原点から空間平面を光の速さで広がっていく円で表される。
以上の定説とは異なる私の特殊相対性理論のイメージを、 十進BASIC のプログラムで動画にしてみました。
観察者にとっては、 観察する自分自身は静止しており、 等しい「 絶対時間 の経過の間にその自分自身が移動する「 相対時間 」は全ての観察者にとって同じ長さなので、 それらを重ね合わせます。 すると、 彼らが観察している等速直線運動をしている同一物質の移動のしかたは変幻自在になり、 物質が移動する空間や「 相対時間 」の長さがいろんな値になりますが、 それらの移動4次元空間距離は全て等しくなります。 移動4次元空間距離とは「 絶対時間 」のことです。
この考え方は、「 固有時間 」を個々独自のものであり相対的なものではないとする「 個人主義的主観主義的なアインシュタインの相対性理論 」に対して「 全体主義的客観主義的なニュートン力学の相対性理論 」であると言えるのではないかと思っています。
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