ヴァイオリンの解剖と生理
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2015.11.16


  ヴァイオリンは質量がおよそ 400g と意外に軽いものです。 ですから、 あごと肩で挟んで固定することができるのです。 ヴァイオリンが意外と軽いのは、 ヴァイオリンの本体は箱であって、 その箱を形成する板が 約 3 mm と薄いからです。 板を薄くするのは、 その振動幅を大きくして箱の中の空気の振動を大きくするためです。 年輪が詰まった丈夫な板で作られている高級なヴァイオリンでは、 振動の要であるところの駒の近くの部分は最も薄くて 2.5 mm くらいだそうです。

  ヴァイオリンには4本の弦がありますが、 一本の弦を弓で弾いて弦を振動させると、 正しい音程であれば他の弦も共鳴して振動します。 これが全体となって2脚を持つ駒を介してヴァイオリンの箱の上側の板( 表板 )を振動させます。 ヴァイオリンを分解して表板の裏側を見ると、 最も太い弦( 第4弦 )が張ってあるちょうど真下の所に棒状の板( バスバー )が張り付けられています。 これは、 表板を補強すると共に、 低音が鳴るようにするためだそうです。 特に太い弦の場合は、 振動数が比較的少ないため振動数の視点から言うと音のエネルギーが小さいので、 そのかわりに振幅を大きくして音のエネルギーを大きくしてやる必要があります。 したがって、 腕から弓を介して弦に伝えるエネルギーを比較的大きくしなければなりません。 すると駒の脚を伝わって表板の第4弦の真下あたりに最も大きな振動幅が発生しますので、 そこにバスバーが張り付けられているのです。

  箱の中の空気をたくさん振動させるためには、 箱全体を振動させなければなりません。 表板だけ振動したのではいけません。 反対側の裏板も振動させなければならないのです。 弦の振動はまず表板に伝わりますが、 この振動が裏板に伝わるのは箱の中の空気を介してではありません。 もしそうならば、 箱の中の空気の振動はエネルギーを失ってしまい、ヴァイオリンの音量が少なくなり音色も悪くなります。 箱の中の空気の振動が裏板を振動させているのではなく、 裏板の振動が箱の中の空気を振動させているのです。 では、表板の振動は何を介して裏板に伝わっているのでしょうか? それは魂柱です。

  魂柱は、 ヴァイオリンの組み立てが完了してから、 最後の仕上げに箱の中に組み込まれます。 そうして、 ヴァイオリンに命が吹き込まれます。 うなぎのような器具を f 字孔から差し込んで作業しますが、 ヴァイオリン工房のプロでも魂柱を立てるのに30分はかかるそうです。 魂柱は弦が張ってある駒の真下あたりの第1弦近くに立てられます。 魂柱で境をして上半分と下半分の箱の容積が等しくなるところが最もいいそうです。 魂柱は接着剤で表板と裏板にくっつけられているのではありません。 表板と裏板との圧力で挟まっているだけです。 ですから表板と裏板とが振動すると魂柱は縦方向に振動し、 極々微妙に位置が変わるそうです。 ただし1mmもずれると音色が大きく変ってしまうそうです。 そこで、 プロのヴァイオリニストは魂柱の位置を調整する器具を持っていてときどき調整しているそうです。 また、 駒の位置は、 それで境をして表板の上半分と下半分の質量が等しくなる所がいいそうです。

  魂柱とはよく言ったものです。 外からは見えないけれどもヴァイオリンの命になっているものが魂柱です。 魂柱の語源は、 イタリア語の Anima から来ているそうです。 イタリアでは魂柱のことを Anima と言います。 Anima は魂とか生命という意味です。

  裏板が振動すると箱の中の空気が振動し、 それがまた弦を振動させ、 それがまた裏板を振動させる。 そういった自己共鳴サイクルが形成されます。 この自己共鳴サイクルは微小調弦作用もあり、 それはあたかも弦に自分が最も振動しやすい緊張状態になろうとする性質が備わっているかのようです。 なお、 弦楽器の演奏者がステージの途中でよく調弦をしますが、 あれはスポットライトのせいで弦の温度が上がって弦が緩むからではないかと思います。

  上手な人が弾くとヴァイオリンの自己共鳴サイクルを最大限に引き出しますので、 上手な人に弾いてもらった直後に弾くとよく鳴ります。 また、 他のヴァイオリンや他の弦楽器ともよく共鳴しますので、 上手な人たちとアンサンブルした直後にもよく鳴ります。 ヴァイオリンの演奏が上達するとヴァイオリンの自己共鳴サイクルが高まり、 自己共鳴サイクルが高まったヴァイオリンは演奏者を上達させます。

  ヴァイオリンの制作・修理・調整をする職人は「 ヴァイオリンの外科医 」です。 彼らはヴァイオリンを演奏する職人でも持ち合わせていないような深い楽器観を持っています。 およそ20年前に皇太子殿下にヴィオラを制作して最近他界された石井高さんの本「 ヴァイオリンに生きる 」を読むと、「 ヴァイオリン制作は理屈じゃない 」 「 立って作るヴァイオリンと座って作るヴァイオリンの違い 」 「 100年先を考えたヴァイオリン作り 」 「 美しいヴァイオリンは音も良い 」 「 ヴァイオリン職人は大工や鍛冶屋と同じ工員の一種だ 」 「 修理作業は客に見せるなと師匠から教わった 」 など、 ハッとさせられる言葉に出合います。