レーガノミクス
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2017.02.12


  安倍総理のゴルフは刻まないそうだ。 刻むとは、 確実なフェアウェイキープを目的に距離を控えて打っていくことである。 フェアウェイからの打球はミスが出にくい。 誤差角度を一定とするならば、 距離が出るほどフェアウェイキープ率は悪くなる。 経済に例えるなら、 刻むゴルフは投資であり、 安倍総理のゴルフは投機ということになろう。
  今回のトランプ大統領とのゴルフはどうだったんだろう。 純粋にゴルフで争ったのか? ホールごとに政治的賭け引きが行われたのか? 商談ならぬ政談は成立したのか?
  共和党のトランプ大統領は、 1980代の大統領レーガンを目標にしているそうである。 2人に共通なことは、 政治家になる前から有名人であったことである。 一体、 彼はどんな経済政策を打ち出してくるのであろうか? そこで、 あのレーガノミクスとは何だったのかを簡単に振り返ってみることにした。


  1970年代、 アメリカでは産業空洞化が起こっている。 産業空洞化とは、 企業の生産拠点が外国に移動することであり、 経済のグローバル化の一つだが、 これには国内での製造部門産業の弱体化という意味がある。


  1971年( 昭和46年 )   ニクソンショック ( 世界的固定相場制の廃止 )
                    変動為替相場制への移行  貨幣価値の不明瞭化へ
                    日本は円高不況への道が始まる

  1973年( 昭和48年 )   第1次オイルショック ( 第4次中東戦争のため )
                    この頃アメリカは世界第 1 の原油輸入国であった。

  1975年( 昭和50年 )   ベトナム戦争終結

  1981年( 昭和56年 )   レーガノミクス開始
                    減税 と 軍事拡大 と 高金利 ・ ドル高政策
                    日本に対して、 自動車の対米輸出の自主的規制 と
                   米国内での自動車生産 を要求したが、
                    双子の赤字( 貿易赤字 と 財政赤字 )がさらに悪化

  1985年( 昭和60年 )   G5 プラザ合意   ドル安政策に変換
                    レーガノミクス一部撤回

  1987年(昭和62年)    ニューヨークに始まる株価大暴落( 暗黒の月曜日 )
                    レーガノミクス完全撤回

  1989年(平成元年)    レーガンからブッシュ大統領に


  そう、 レーガノミクスは失敗に終わったのだ。 レーガノミクスにより日本は円安となり貿易収支黒字となって一次的に経済は安定化した。 しかし、 G5 プラザ合意 以降の国際政策的円高により、 日本は輸出産業を中心に不況に陥った。 が、 一方で金融機関や一部の企業が海外債権を大量に購入したり米国企業を買収したりした。 日本政府は金融緩和 ・ インフレ政策をとったが、 それは製造部門産業の活発化よりも、 余ったカネの投機的流用としての財テク ・ マネーゲームを引き起こしていったのである。 もちろんその背景にはレーガノミクスと共に始まった金融自由化がある。