「 地動説 」 を最初に唱えたのは、 古代ギリシャの天文学者アリスタルコスで、 紀元前3世紀のことです。 しかし、 プトレマイオスの 「 天動説 」 の陰に埋もれてしまいます。 それを発掘したのが、 ポーランド人の天文学者コペルニクスで、 1500年頃になります。 しかし、 当時はローマ教会の権力が強く、 その弾圧を恐れて彼の生存中はそれを公表しなかったそうです。 それからおよそ100年後、 ドイツ人の天文学者ケプラーが 「 地動説 」 に基づく、 「 惑星運動に関する3つの法則 ( ケプラーの法則 ) 」 を発見します。 彼と同年代の科学者には、 イタリア人の天文学者ガリレオがいます。 彼は同じイタリアの科学者&画家レオナルド・ダ・ビンチよりも100年くらい後の人になります。 ガリレオは 「 慣性の法則 」 と 「 自由落下運動の法則 」 を発見します。 彼もローマ教会の弾圧を恐れて、 「 天動説 」 信者を装っていましたが、 晩年になって次第に本性が見え隠れするようになったため、 ローマ教会からお咎めを受け、 散歩以外の外出禁止の罰を受けたそうです。
微分積分学を確立したのは、 ライプニッツ と ニュートン であるとされています。 1642年にイギリスに生まれたニュートンは、 それを物理学に応用し力学体系を確立しました。 まず、 彼は ガリレオの発見した 「 慣性の法則 」 と 「 自由落下運動の法則 」 から 「 運動の法則 ( ニュートンの法則 ) の第2法則 」 を発見しました。 「 運動方程式 」 のことです。 そして彼は 「 ケプラーの法則 」 から 「 万有引力の法則 」 を発見しました。
「 運動方程式 」 から 「 慣性の法則 」 は簡単に導かれますし、 「 万有引力の法則 」 と 「 運動方程式 」 から 「 自由落下運動の法則 」 を導くこともできます。


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