カラオケさん
音楽と物理学 へ戻る
ばいおりんの日常的物理学文集 へ戻る
2012.01.16


「 次の質問です。 100 から 7 を引くといくらになりますか?」
「 えーっと、 ・ ・ ・ ・ 93。」
ここまではたいがいの人ができる。
「 では、 それから、 もう一回 7 を引くとにいくらになりますか?」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 86。」
中等度の認知症があっても、 中には数字に強い人もいる。 先日は、
「 それは 100 から 14 を引いたらいいんやから、 86よ。」
と、 驚かされた。
これまでで最も感動したのは、 車いすの上で 1 分間 固まってしまった後に、
「 ・ ・ ・ ・ ・ ラクになります。」
と、 考えるのをやめて笑顔を取り戻したおばあちゃんだ。

「 ○○さん、 最近、 血糖値、 いいですね。」
「 ほうよ、 先生。 カラオケに一生懸命になっとるけんの。」
1 か月後の診察、 益々、 血糖値は下がっていた。 そして○○さんは地方のカラオケ大会で優勝していた。


  大学時代、 久しぶりに里帰りすると、 我が家に大きな箱型のカセットテープ式カラオケセットがあった。 歌詞帳を持たされて渡哲也の「 くちなしの花 」を歌わされた。
  卒後2年目の丹波地方での研修時代、 先輩に時々カラオケスナックに連れて行ってもらった。 マスターの「 プロフェッショナルユース 赤本 」を使ってのピアノ伴奏で、 谷村新司の「 昴 」を歌った。
  S60 阪神タイガースが優勝してバブル経済時代に突入すると、 レーザー式の映像カラオケになった。 リモコン選曲できるオートチェンジャーも登場した。 キタの新地では、 BORO の「 大阪で生まれた女 」がよく流れていた。

 「 カラオケ 」は、 放送業界用語で「 伴奏無し 」の意味だ。 それが、 「 生伴奏無し 」 「 事前に録音された伴奏使用 」へと変化した。

  バブル経済のころから、 カラオケボックスも普及し、 一般人も歌って踊る時代へと移っていった。 ちなみに、 歌って踊る時代の草分けは、 S14 の笠置シヅ子の「 ラッパと娘 」で、 それがシャボン玉ホリデー( S36〜 )の中でのザ・ピーナッツに受け継がれ、 それを決定的にしたのは、 イメチェンした山本リンダ「 どうにもともらない 」( S47 ) だろう。 そしてそれは、S52 からのピンクレディーブームへと続く。 カラオケが始まったのは S46 で、 当然、 初期のカラオケは踊りとは無関係であった。 H4年からは通信カラオケにより選曲数が急増し、 音程やテンポを変えることができたり、 勝手にハモったり、 採点がでたり と進化してきた。


  最近、 私は老後の生計を立てるためなのか、「 プロフェッショナルユース 赤本 1995年版 」を使って、「 バイオリンの流し 」のおけいこをしている。 焼酎のお湯割りを傍に置いて。 結構、 弓使いの練習になりハマッてしまう。 今度は、 フォークソングの楽譜本を購入だ。 ご近所の皆様、 夜分にご迷惑をおかけして誠に申し訳ありません。