ペストの歴史
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2020.12.20


 ペストはペスト菌が病因の炎症性疾患です。炎症が起こるのは主に肺とリンパ節です。悪化すると敗血症を併発します。
 ペスト菌は明治時代に北里柴三郎によって発見されました。

 記録に残っている主なペストの大流行:
    543年ころ 東ローマ帝国 にて
    610年ころ 随 にて
    1348年ころ ヨーロッパ にて
    1665年ころ イギリス にて

 日本史においては、中世は鎌倉時代からであり、近世は江戸時代からであるとするのが一般的です。ヨーロッパの世界史においては、古代から中世( カトリック教会の下に君主がありその下に諸侯があって土地を介して人民を支配している封建制 )への移行は、神聖ローマ帝国の皇帝がローマ教皇からカノッサの屈辱を受けた1077年あたりになります。十字軍の遠征は中世の初期の1096年〜1272年です。でもその失敗はカトリック教会の権威の失墜となります。そして、「国王には十字軍が中東から連れてきた天然痘を治す力がある。」とされるようになり、国王への信頼度が厚くなっていきます。1303年にはローマ教皇がフランス国王に拘束されるというアナ―ニ事件も起きています。
 1339年から起こったイギリスとフランスとの間の百年戦争が始まって間もなくの1348年ころにヨーロッパでペストが流行しましたが、それはモンゴル系国家の中東アジアや東ヨーロッパへの進出によってもたらされたようです。この得体の知れない「悪魔の仕業」に対して無力であったカトリック教会の権威はさらに低下していきます。

 395年から長年にわたって存在した東ローマ帝国がオスマン帝国によって1453年に滅ぼされると、ルネサンスが起こり、それは1517年からのルターの宗教改革へとつながっていきます。そして、1521年から起こった ( 神聖ローマ帝国 & スペイン ) と フランス との間のイタリア戦争は主権国家を生み出しました。世界史では主権国家の形成をもって中世から近世への移行としています。
 近世になり、ピューリタン革命後にチャールズ2世が王政復古を始めて間もないころの1665年に起こったロンドンにおけるペストの大流行の様子は、後にロビンソンクルーソーを書いた作家によりノンフィクション本となりました。また、1665年から2年間ケンブリッジ大学が休校となったため、実家に帰っていたニュートンは、その時に「万有引力の法則」を発見しました。