四季の歌より : 冬を愛する人は 心広き人 根雪をとかす大地のような 僕の母親
僕にとって、 救急当直のときは、 患者様ではなくて患者だ。 朝5時にPHSが鳴った。1時間前にやっと眠りについたばかりだったのに。「 残念、7時まで寝ようと思ったのに。」ボーッとしながら白衣を羽織って当直室を出た。 幸い軽症の患者だった。 当直室に帰ってきたら、 もう窓の外は明るくなっていた。「 これから眠れそうもない。」テレビをつけたら、 柏木哲夫先生ではないか。 NHKの「 こころの時代 」でお話しをされている。 先生は、 日本のホスピス・緩和ケアの第一人者で敬虔なクリスチャンである。 案の定いいお話で聞き入ってしまった。 5時に来てくれた患者さんのお陰だ。 患者が患者様に変わった瞬間だ。
先生のお話しを伺って僕なりに考えたことをまとめてみる。 僕たちには絶えず奈落の底まで落とそうとする力が働いている。 重力である。 一歩間違えれば転落死である。 しかし、 大地が抗力を働かせて、 それからしっかりと僕たちを守ってくれているので、 僕たちは、 いつも死の危険性にさらされていることに気づかないでいる。 先生は、 入院患者になった時に天井ばかり見ながら、 重力に抗して引っ張り上げようとしてくる力の大切さを痛感し、 それが単なる安心だけではなく魂の問題として重要なのだとおっしゃっていた。 実際に重力に抗しているのは抗力であり、 母なる大地の力であるのだが、 人間が生きてまた死んでいくために、 心の中に救いというか個人の生死を越えた哲学を持たねばならないのだと思った。 また、 先生は、 水平方向の力として、 人と人との支え合いがあるとおっしゃっていたが、 本当にそのとおりだと思った。
そういえば、 芥川龍之介の「 くもの糸 」も、 重力の問題を扱っている。 奈落の底に落とされた主人公に救いのチャンスが与えられ、 母なる大地の力の恩恵を受けることができる所まで、 重力に抗して這い上って行く物語りである。 ただ、 主人公は水平方向の力が一切働かない切羽詰まった状況下にあり、 そのためにせっかく貰ったチャンスを棒に振ってしまい、 再び
僕にとって、 死とは転落のイメージではない。 大地の上での安らかな眠りのイメージである。 それは、 生老病の苦しみから自然に解放されるのが死であると自分に言い聞かせているからだ。 芥川龍之介にとって、 死とは、 クリスチャンの方々と同じで、 上方へ向かうイメージであったと思われる。「 くもの糸 」の主人公は、 地上の釈迦仏に見放されて再び地獄に落ちるという設定になっているが、 最後に死んだのではなく、 阿弥陀仏に召されることができなくて、 生の世界へと引き戻されたのだと思うのだ。
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