旧ソ連には1962年にノーベル賞を受賞したランダウという物理学者がいました。彼は、金属中の自由電子について量子論的な取り扱いによる定式化を行い、反磁性のしくみを説明しました。反磁性とは、磁場をかけたとき、物質が磁場の逆向きに磁化され、磁石に反発する方向に生ずる磁性のことをいいます。社会主義国家の旧ソ連において、技術分野の職業に関する学問は非常に優遇されており、数学や物理学は特に重視されていました。そして、その教育の目的は少数でもいいのでとても優秀な学者・研究者を育成することにありました。
社会主義というと「労働者が国家権力を握り、市場に任せず経済を完全に管理することによって平等な社会を実現しようとする思想のことであり、社会主義国家では生産手段は全て国有化される。」と私は考えていました。また、「資本主義から共産主義への移行期に必要な『プロレタリアート独裁』であるとしたマルクスやエンゲルスの思想であり、それを実践したソ連は誤りを犯して崩壊した。」とも考えていました。しかし、最近の中国をみると「中国は経済では資本主義になったけど、政治だけは社会主義なのか?」と思ったり、最近の研究者の本を読むと「ソ連はプロレタリアート独裁ではなく従来からの官僚専制国家だった。」とか「晩年のマルクスは『プロレタリアート独裁』にこだわってなかった。」などと書かれていたりで、わけがわかりません。
「社会主義者」とは、労働者や失業者を救済して彼らが主体となる社会を作ろうとする思想を持っている人のことです。「社会主義者」があるならば「資本主義者」や「封建主義者」という言葉があってもいんじゃないかなと思います。
革命とは政治的経済的支配者と政治的経済的被支配者の逆転のことです。市民革命とは、独裁から民主主義への変換を伴う革命のことです。ただ「民主主義」というのはくせ者です。3大市民革命は、1668年イギリスの名誉革命、1776年アメリカ独立革命、1789年フランス革命で、これらの市民革命によって倒された政治的経済的支配者は、封建時代の末期に王権神授説を唱えたりして「封建主義者」の頂点の座にあった国王です。一方、革命のリーダーになったのは「資本主義者」です。
「社会主義者」らしき人が初めて世に現れたのは、1800年にイギリスのロバート・オーエンがニューラナークに紡績工場を作ったときです。フランスではナポレオンによる第一帝政後の王政復古時代に、農業生活協同組合を作ろうというフーリエのような「社会主義者」らしき人が登場しています。
本格的な「社会主義者」が現れたのは、1848年のフランス2月革命のときです。
ルイ・ブラン:
彼の構想は、普通選挙を中心とする政治改革によって国家を民主化し、国家が生産施設を設置して労働者の自主的運営にゆだね、資本主義的競争をなくしてこうというものでした。
しかし、第2共和制では「資本主義者」の力が強く、また国民の多数を占める農民からも支持されず、1848年6月の労働者の暴動が鎮圧された後、国外へ亡命しました。
彼の思想は隣国ドイツのラサールに受け継がれ、1863年に全ドイツ労働者協会が結成されました。
プルードン:
彼の構想は、人民銀行と生産者の協同組織を設立し、中央集権国家を解体することでした。
1851年からルイナポレオンによる第2帝政が始まると、危険人物とされ、国外へ亡命しました。
「社会主義者」の弾圧で有名なのは、1878年のドイツのビスマルクによる社会鎮圧法 と 1910年(明治43年)の大逆事件 と 1925年(大正14年)の治安維持法 です。 ビスマルクは「資本主義者」だと思っていたら、元々は「封建主義者」で「資本主義者」を抑えようとして「社会主義者」に近寄ったり、また、「アメとムチの政策」と言われるように、「社会主義者」を弾圧する一方で、火災保険や疾病保険や養老保険を作ったりして労働者の保護を進めています。それは「活かさず殺さず」の理念だったのかもしれませんが・・・。