自力 と 他力
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2023.07.17


 物理学的に言うと、移動は全て他力に依る。自力を発揮することの出来る動物であっても、自力は他の物に作用するのであり、その反作用である他力によって移動させられるのである。自力で移動するのではない。

 仏教は基本的には自力で悟りの境地に達することを目標とする。しかし、平安〜鎌倉時代にかけて作られた浄土宗( 開祖は法然 )や浄土真宗( 開祖は親鸞 )では、自力を否定し他力を教える。ここで言う他力とは阿弥陀仏の本願の力のことである。煩悩にまみれきった自分を素直に認め、念仏( 阿弥陀仏の姿や徳を思い浮かべること。また、阿弥陀仏の名を口に唱えること。)によって、阿弥陀仏の本願の力を受けることができて、その結果、不安なこの世を安心して生きていけるし、死後は極楽浄土へ連れて行ってもらえるのである。自力の仏教とは、私たちの方から仏の世界に飛び込むものであり、他力の仏教とは、仏の方から私たちの世界に飛び込んでくれるものである。

 浄土宗や浄土真宗以外の宗派では、自力で悟りの境地に近づくことを目標とするが、それは自分の外にある三宝によって「本来の我が身びいき」が作り直されていくものである。三宝とは、仏、法、僧 のことである。上座部仏教では得に僧の集団生活「サンガ」の必要性を教える。一方、大乗仏教では 仏 と 法 に重きが置かれる。

 私たちの行為は 自力(因)と 他力(縁)とに依る。自力が絡むからどうしても自分本位の行為になってしまう。しかし、実は自力も他力が(因)になっているのである。「おかげ」を忘れてはいけない。