近代西洋哲学の確立まで
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2021.09.09_____
紀元前 500 年ころ、古代ギリシャにおいて、万物の根源(アルケー)は何か? で始まったのが「哲学」です。ターレスは水であると考え、ピタゴラスは数であると考えました。「存在」について考えるのが「哲学」です。紀元前 400 年ころに登場したプラトンの思想は、その後に現れるキリスト教中心の世界を支えるものになります。彼は、現実を「現象界」と捉え、天性の あるいは 後天的に獲得した 観念的世界であるところの「イデア界」こそ真実のものとしました。つまり、自然を人間の精神が制作をするための単なる材料としてしまったのです。 イデアは「理念」と訳されます。こうして発展してきた中世の哲学は、理性、分別、本質 を重んじるものでした。理性とは、集合論や証明法に見られる論理的思考であると言えるでしょう。
数学の証明の文章を作成するとき、どの漢字を用いればいいのだろうと悩むことがあります。それは、「分かる」「解る」「判る」です。迷ったときには、一般的に用いられている「分かる」を使いますが、「分かる」とは「分類することができる」という意味です。分別がつくためには言葉が重要ですが、東洋哲学を支えている仏教では、分別や言葉は否定されることが多いようです。
西洋哲学は、主観と客観の分別を育て、認識論を育てます。そしてそれは自我の確立へとつながります。キリスト教中心の世界から近代社会への移り変わりに従い「自由」が登場します。自由とは、自分に由って考え行動するということです。本質の追求の許される範囲が 形而上学 ( 科学の対象となる範囲外のもので、自然を創造する観念的世界のこと ≒ プラトン以降ニーチェ以前の西洋哲学 ) から「自然そのもの」へと拡張され「科学」が発達します。ガリレオが望遠鏡を改良したのが 1609 年です。1640 年頃、フランスのデカルトは「我思う。故に我あり。」と言ったそうです。「すべての存在は疑いうるが、疑っている自分の存在だけは疑いようがない。」という意味です。キリスト教づけの世界観の中での自我の芽生えです。経験よりも理性を重視する彼は「座標系」を発明しました。彼は「合理主義哲学」の父であり、近代西洋哲学の祖であります。
イギリスにおける経験的認識論とデカルトの先天的理性論を統一したのが、フランス革命の少し前に活躍したドイツのカントです。カントの時代になると自然科学が発達して完全に神中心から人間中心の世の中になっていますので、「自我的理性」の探求となります。彼は「正当な客観的なものは物自体ではなくその表面的な自然科学的な現象であり、その現象は私たちに先天的に備わっている理性の行う認識に従う。」と考えました。彼は形而上学的なものは認識できないので、あるともないとも言うことはできないとしました。そこのところはプラトンと異なりますが、プラトンの思考を大いに受け継いでいます。したがって、彼の思想は「ドイツ観念論」と言われています。
自然哲学から自然科学が生まれてきたように、社会科学も哲学から生まれてきます。それに寄与したのがドイツのヘーゲルです。彼は人間を時間的な流れの中での人の集まりとして捉え、宗教や政治の変化や歴史全体を弁証法的に捉えました。ちなみに、弁証法を最初に提唱したのはプラトンより前のヘラクレイトスです。ただし、ヘーゲルも「自然よりも次元の高い理性を勝手に創り上げて、ものの存在について解釈しようとする形而上学的な哲学」を打ち破ることはできませんでした。こうして 1820 年頃 近代西洋哲学が確立されました。この頃、音楽界ではチェンバロに変わってピアノが主流になっていきます。そして、べートーベンの第9やベルリオーズの幻想交響曲が登場して参ります。