私は身長が
で、 時計の針のように足を支点にして回転することができます。 回転方向やスピードは変化します。 私の回転面上の無限の彼方にある点から平行光線がやってきており、 その光線に垂直な面に私の影が投影されています。 あなたには私は見えませんが、 私の影だけは見えています。 私の影の長さは
の間を変化しています。 あなたにとって私の影の長さが
のときは、 パラレルワールド( 虚世界 )の人にとっては私の影の長さは
になっています。 あなたにとっての私の影の長さを
とし、 パラレルワールドの人にとって の私の影の長さを
とすると、
の関係が成り立っています。私は誰かって? 私はガラス板の中に屈折侵入したばかりの光子です。 このあと、 光子が粒子としてガラス板を通り抜ければ、 あなたに私の影が見えてくるでしょうし、 私が粒子としてガラス板の出口の所で反射した場合は、 パラレルワールドの人に私の影が見えてくることでしょう。 一方、 波としての光子は確率的存在です。 ガラス板を通り抜けた光子1個は、 あなたには長さ
の影として写りますが、 光子を波としてみれば、 あなたにとってその影の面積は
であり、 光子たちがガラス板を通り抜ける確率が
、 ガラス板の出口で反射する確率が
です。この物語の原作は、 ファインマン先生です。 彼は、 書物の中で、 私たちに
を意識化させるため、 長さが
と
の直角に交わるベクトルを描いた直後に、 そのベクトルたちを一辺とする2つの正方形を描いて、 その面積の和が
になることを示しました。 辺が
と
の長方形の面積は
ではなく、 長方形の対角線の長さが
です。 彼は、 光を波として捉えたときの「 屈折透過も反射も 」という光の振る舞いを、 最も長い辺の長さが
である直角三角形におけるピタゴラスの定理に例えたのです。このように、 光子を波として捉えた時には、 ベクトルの長さではなくその長さを1辺とする正方形の面積のイメージです。 一方、 光子を粒子として捉えたときの「 屈折透過か反射か 」という光の振る舞いは、 次のような複素平面上の直線の実数部分の長さのイメージになります。

観察していないときは、
は一定の値をとって光の波的現象が説明できるようになっていますが、 観察者には直接
の値は解らず、 光を粒子として観察するたびに、
の値が
または
のどちらかを取るのです。
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