俳句のルーツ
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2011.10.25


  月は秋の季語です。 芭蕉の俳句にも月を詠んだ歌がたくさんありますが、 その中で、 旅の歌人らしいものを1つ紹介します。

      馬に寝て 残夢月遠し 茶の煙

  馬上でウトウトしながら夜も旅を続け、 ふと夢から覚めると、 月 が空遠くに浮かんでおり、 里ではもうお茶を炊く煙が上がっているよ。
  有明の月 とは、 新月から26日目頃に、 日の出前に東南の空に見える反三日月です。 残月とも言われます。 平安時代から、 9月の有明の月が最高に美しいと言われていますが、 それは空気が澄んでいるためだと思います。 空気が澄むのは、 大陸から乾燥した寒気がゆっくりと流れ込んでくるためです。 すると大気中の水蒸気量が減少して、 太陽光の比較的振動数の少ない部分の散乱が少なくなり青色光の散乱のみが目立つようになるのです。 なお、 自然現象で空気が濁る原因としては、 湿度の上昇と空気の対流と黄砂などがあります。
  有明の月以外に朝方に見られる月としては、 新月から23日目の月があります。 これは反半月で下弦の月と言われ、 朝日が登っていても南西の空高くに白く見えます。 有明の月 と 朝方に見られる下弦の月 とでは、 遠くに見えるのは後者の方だと思います。

               参照: 月が白く見える理由 美術と物理学 > 朝の月は白い

  さて、 俳句 とは、 俳諧の連歌の発句 のことです。 発句とは上の句のことです。 連歌は、 和歌の上の句( 五七五の韻 )と 下の句( 七七の韻 )をそれぞれ別人が詠むという遊戯的な試みから発生し、 平安末期から室町時代にかけて、 貴族や上流武士たちの 雅な遊び や 政治的な友交の手段 でした。 連歌は3人以上に渡って詠まれますので、 下の句と言わずに連句といいます。 また、 発句には連句を作りやすいように季語を入れるのがマナーでした。 俳諧の意味は「 滑稽 」「 戯れ 」です。「 俳諧の連歌 」は、 室町時代に発生し、 江戸時代初期に発展します。 方言や流行語などの俗語 や 外国語 の使用が許され、 滑稽さが盛り込まれた、 庶民的な連歌のことです。 「 俳諧の連歌 」 と共に、「 一人で気軽に詠める、単独で鑑賞に堪えれる書き留められた発句 」も追求されるようになりました。 これが俳句です。
  この流れからすると、 ともすれば、 俳句は大衆の娯楽的な文化になっているところでしたが、 これを、 とぎ澄まされた感覚によって自然と人間の内面を一体化した 「 わび ・ さび 」 の芸術的な境地にまでに高め、 今日に伝わる俳句を確立したのが、 松尾芭蕉です。 彼が活躍したのは元禄文化が栄えた1680年頃で、 交通や貨幣が発達し、 いずれ到来する明治時代に向かって、 農業中心の身分性社会 から 商工業中心の民主的社会 へと時代が大きく変わり始める兆しが見えてくるころでした。 このころヨーロッパは啓蒙思想でにぎわい、 ニュートンが「 月が落ちてこないのは月が地球に落ち続けているためであること 」を発見しています。